TRI OSAKA 機械金属部

非晶質めっきとその応用

 (1998.5.6)

大阪府立産業技術総合研究所 表面化学グループ

森河 務、横井昌幸

 

要約
 非晶質合金をめっき法によって作製することが可能です。得られた合金は、耐食性、耐摩耗性などに優れた性質を有するもので、機能性合金めっきとして展開が期待されています。ここでは、めっき法によって得られる非晶質合金について、その種類、物性、応用について紹介していきます。

目次

1.はじめに

2 非晶質めっきの現状

3 非晶質めっきの構造

4 非晶質めっきメカニズムと形成条件

5.非晶質めっきの物性と応用

6.おわりに

参考文献

図1図2図3図4図5図6図7図8図9図10図11図12図13図14表1表2表3


1.はじめに

 日常触れている材料の多くは、原子が規則正しく並んだ結晶から構成されています。その結晶粒の大きさは、0.1μm程度の微結晶から数mmにもおよぶ巨大な単結晶まで様々です。結晶における結晶粒の大きさや原子の配列は、金属の物性(例えば強度、延性、磁性、耐食性など)を決定づけています。

 「金属は結晶」と長く考えられてきましたが、最近では金属でも原子配列に規則性がない金属素材が見いだされました。この新素材は、非晶質金属あるいはアモルファス金属、金属ガラスと呼ばれています。非晶質金属は、規則的な原子配列が欠如した状態なので、従来の結晶性金属には見いだせなかったユニークな物性(磁性、耐食性、強度など)が見出されています1-4)。その磁気的性質を利用した例であるVTR用ヘッドの「アモルファス磁気ヘッド」は商品として市場にずいぶん久しくなります。

 ここでは、めっき法によって得られる非晶質合金について、その種類、物性、応用について紹介しましょう。

 

2.非晶質めっきの現状

2.1 非晶質金属の作製法とめっき法の特徴

 物質の状態の関係を図1に示しました。物質の3態である気体、液体、固体の各状態は熱力学的に平衡状態で、一般にこれらの間の可逆的変化によって得られる金属は結晶状態です。非晶質は熱力学的に準安定状態で原子配列が乱雑な状態であるため、非晶質金属の作製法としては、金属ガスあるいはイオンの凝縮法、液体金属の急冷法、結晶への欠陥の導入の方法など不可逆な変化を生じさせる方法が用いらます。表1に、非晶質金属を得るための作製法とその特徴をまとめました。

 めっき法で非晶質合金が得られることは古くから知られており、1930年にNi−S合金めっきが報告されています。その後もめっき法による作製法が報告されましたが、構造と物性を結びつけた研究はあまりありませんでした。これは、めっき過程での合金作製のメカニズムが複雑なこと、その管理が難しく再現性が乏しいこと、合金系が限られること、電析時に含有される不純物の影響が大きいことなどによると考えらます。このため、非晶質合金の検討は、1970年代における液体急冷法や乾式法が行われるまで盛んにはならなかったようです。

 めっき法による非晶質合金の研究は、歴史的に非晶質状態の理解に果たしてきた役割にもかかわらず立ち後れたと言えるでしょう。近年、表面処理においても機能性が要求され、新しい合金めっきや複合めっきなどが検討される中で非晶質めっきも表面機能性材料として研究が盛んに行われるようになってきています5-8)

 めっき法による非晶質合金の作製法の特徴は、@低温で成膜できる、A厚さに制限がない、B大面積のものを容易に作製できる、C材料、品物の表面のみに非晶質合金を成膜できる、D他の方法では得ることのできない非晶質合金を得ることができる、Eめっき条件(浴組成、電着条件)などにより、組成ならびに構造を広く変化させた皮膜を作製することができる、F連続薄膜の生産が可能などがあげられます。

 

2.2 非晶質めっきの種類

 非晶質めっき膜は、電気めっきならびに無電解めっきのいずれのめっき方法でも作製できます。その種類は、表2に示すように、通常のめっき可能な金属と非金属あるいは高融点金属の合金めっき系に多く認められています。

 これらの合金めっきでは、主金属に対する第2の元素の含有量が増加するにつれて結晶は微細化し、ある含有量以上においては皮膜全体が非晶質構造を示すようになります。図2に、電気Ni−P合金めっきのリン含有量によるX線回折図形の変化を示しました9)。第2成分であるリン含有量が増加するにつれて回折線の強度はしだいに低下し、11wt%以上になるとブロードなピークしかない非晶質特有のパターンとなっています。

1)電気めっき

a)ボロン、炭素、リン、硫黄など非金属系合金めっき

 鉄族遷移金属(ニッケル,コバルト,鉄,クロムなど)で、この種の合金が非晶質となる例が多く見出されています。この系の非晶質めっきは、単一金属より耐食性が優れる10)、加熱 処理によって硬化し耐摩耗性に優れる9-11)、硫黄系では電極特性が優れる13)ことなどが報告されています。

b)誘起共析型金属系合金めっき

 タングステン,モリブデンなどは単独で電析できませんが、鉄族金属が存在する場合にはその析出に誘起されて析出することができるようになります14)。得られた非晶質めっきは、再結晶温度が高く熱安定性に優れ、耐摩耗性ならびに耐食性皮膜として応用15)されています。

c)単一金属めっき

 単一金属の非晶質金属は、乾式法による低温の基板上で作製されますが、熱安定性が悪く室温で結晶化してしまいます。本型の非晶質めっきは、水素発生が激しい状態下での低電流効率(0.03%)で作製されるとの報告があります。めっき皮膜は多量の水素を含み、水素化物が認められることより、非晶質化には水素が関与していると考えられています16)

2)無電解めっき

 無電解めっきにおいては、金属イオンを析出させるために還元剤が用いられています。その析出過程で、還元剤成分であるリンやホウ素などがめっき皮膜中に共析します。これらの共析量が多くなると非晶質めっきを得ることができます。

a)リンを含む無電解めっき

 還元剤として次亜リン酸塩を用いる場合には、リン共析型の合金めっきとなります。リン含有量は浴のpHが低いほど一般に高くなり、リン含有量が7〜11wt%で皮膜は非晶質構造をとるようになります。無電解めっきの非晶質Ni−P合金めっきは、その優れた耐食性と非磁性の皮膜であることから磁気ディスクの下地めっきなどに用いられています。

b)ホウ素を含む無電解めっき

 還元剤として、水素化ホウ素ナトリウムやジメチルアミンボランを用ると、ホウ素共析型の合金めっきが得られます。

 現在、上記の二元系合金をベースに、三元系以上の合金開発も行われるようになっています。また、高い電流密度で水酸化物を生成させ、これを利用する酸化物型(水酸化物のカソード皮膜を加熱し酸化物とする)や電位制御による半導体型(Cd−S,Cd−Se合金)の化合物を含んだ非晶質めっきなども検討されています7,8)

 

3 非晶質めっきの構造

 非晶質とは、結晶に対する言葉であり、原子の配列はほとんど規則性がない液体に近いものと推測された時代がありました。しかし、現在では、非晶質は結晶のように長周期的な規則配列は示さないものの短距離的にはある一定の構造があり、この構造の積み重ねであると考えられています。

 非晶質構造の確認としては、@X線、電子線などの回折像が幅広く明確でない(ハローパターンと呼ぶ)こと、A電子顕微鏡の透過像に粒界が見られないこと、B加熱により結晶化状態に変化し、この際に発熱現象や電気抵抗に大きな変化が生じることなどが用いられます。

3.1 X線回折による非晶質の判定

 原子の並び方を観察する方法は、原子間距離と同等の短い波長の電磁波を用いる必要があります。一般に、X線、電子線回折法や透過型電子顕微鏡による観察法が用いられます。

 X線回折法は薄膜の構造について知見を得ることができる最も有力な方法で、非晶質めっきを含むめっき皮膜の研究に多く用いられています。めっき法によって作製した皮膜の構造は、膜の成長過程において様々の影響を受けます。例えば、電解初期では素地金属の結晶構造の影響を、その成長過程では結晶方位による活性化過電圧の差やイオンや分子の吸着などに影響されます。このため、めっき法で得た合金の構造は、溶融法で得られる合金の結晶構造と異なる場合も少なくありません。

 図3に、X線回折図形の例を示しました。電析時に一定の優先的な結晶配向性がある場合には、その結晶面の回折線が強く観察されることがあります(図3(b))。めっき浴に添加剤が加えられ結晶粒が微細化する場合には、回折線の幅がわずかに広がることも見られます(図3(c))。また、水素発生が激しく皮膜に水素が含まれる場合には、回折ピークがわずかに低角度側にシフトする場合もあります。

 非晶質めっきの場合には、原子配列にはっきりした周期性を持ちません。このためX線の明瞭な回折線は認められず輪郭のぼけたハローパターンと呼ばれる回折像しか得られないことになります。θ−2θ法では図3(d)のような幅広い回折線となり、これを非晶質構造の証拠とすることが多いようです。しかし、X線回折でハローパターンが得られたとしても、そのすべてが非晶質とは限らないので注意が必要です。結晶粒の大きさと回折線の広がりは、一般にシェラーの式

  T=0.9λ/(B・cosθ)

で表わされることが多いようです(T:結晶粒の大きさ、λ:回折に用いたX線の波長、B:ピークの半値幅、θ:回折角)。結晶粒が2〜3nmまで小さくなると回折線は幅広く非晶質と似たパターンを示すことになります。このため非晶質の判定には、その回折角を幅広く(Cuターゲットでは約120゜,Moで45゜)測るとともに、その精度を上げ測定する必要があります。さらに、詳細に検討するには、得られた回折図形などの動経分布解析によって結晶と非晶質構造のパターン比較なども必要になるでしょう。

3.2 非晶質のモデル

 X線回折、電導性、密度などのデータによると、非晶質の構造は液体構造、微細結晶構造のいずれとも異なっています。しかし、その構造は無秩序ではなく、十数原子からなるユニットを積み重ねたものであり、長距離的には周期性が認められないものと推定されています。

非晶質めっきの構造について、小見氏らは図4に示す歪んだ20面体ユニットのモデルを提案しています17)。このユニットは、中心原子のまわりに12原子が配位したもので、各原子間の距離はσ(原子直径)、1.65σ(AとB間)、1.9σ(AとC間)です。結晶は、原子が規則正しく配列し格子を形成しており、1つ原子を隣の格子点に移す操作を繰り返すとそこに原子がある並進関係が成立しています。しかし、図4のユニットを積み重ねた構造では、結晶に見られる並進がみられないのです。

3.3 加熱による変化

 非晶質状態は、熱力学的に準安定状態であり、加熱によって相分離や結晶析出を起こし、いくつかの準安定状態を経て安定状態になることが知られています。この相変化においては皮膜の硬さ、電気抵抗、磁性などの物性が変化するので、非晶質合金を取り扱う場合、熱的挙動を把握しておく必要があります。

 非晶質の加熱による変化を調べる方法としては、熱分析(示差熱分析(DTA)や示差走査熱量分析(DSC))が行われます。非晶質から結晶状態に変化する場合には、大きな発熱が起こるので、これを測定することによって皮膜の構造変化を知ることができるとともに非晶質状態の確認法としても有効です。

 加熱による非晶質めっきの構造変化の例として、Cr−C合金めっきについて述べておきます18)図5に、Cr−C合金めっきの炭素量によるX線回折図形変化を示しました。この皮膜は炭素量が1.4wt%以上で非晶質めっきになります。炭素量の異なった皮膜の示差走査熱量分析結果を図6に示しますが、加熱によって2回の発熱反応が観察されています。図7に、その炭素量と発熱量の関係を示します。低温側の発熱量は、1.4wt%付近で急激に増加していることがわかります。これはX線回折の結晶から非晶質パターンへの変化と一致しており、熱分析によって皮膜の構造変化が確認できる良い例です。

 図8には各種温度で1時間加熱を行ったCr−C合金めっきのX線回折図を示しましたが、300℃以上では金属クロムの回折線が、700℃以上では炭化クロムの回折線が認められます。これらはDSCで観察された2度の発熱反応に対応しており、加熱によって非晶質状態からクロムが結晶化した準安定状へ、そしてそれに続く炭化クロムが析出した安定状態に変化することがわかります。

 非晶質めっき皮膜を加熱すると、上記のような安定状態への変化過程においてスピノーダル分解(濃度のゆらぎ)、金属の結晶と化合物結晶の同時の析出、化合物の変化(例えばNi3P→Ni5P2)などが生じることも報告されています。

 

4 非晶質めっきメカニズムと形成条件

4.1 めっきのモデルと構造 

 めっき法による金属の析出は、@電極近傍の金属イオンが電極に引きつけられる、A電極に接近し脱溶媒化する、B電極から電子を受取り吸着原子(アドアトム)となる、C吸着原子が電極表面を拡散する(酔歩と呼ばれる)、D電極の安定な位置(結晶のエッジ、ステップ、キンクなど)に取り込まれるモデルで説明されます。

 膜の構造を決定するのはCの過程であり、安定位置に到達する時間(酔歩時間)が長い場合には結晶構造に、短い場合には非晶質構造をとりやすくなります。非晶質めっきに誘起型が多いのは、主金属と誘起される原子の相互作用により、吸着原子の酔歩が制限され、その時間が短いあるいは全くないためと考えられます。

 めっき皮膜が非晶質になるか否かは、めっき皮膜の構成原子の組成比率が重要で、非晶質めっきを得るには次の方法が有効と言われています。

@浴中の誘起される元素の化合物濃度を増加する。

 A電流密度を下げる。

 B浴温を上昇させる。

 さらに、パルス電解を適用すること(OFF TIMEを増加して主金属と誘起される元素の反応時間を高める)なども有効と言われています。

4.2 非晶質めっきの形成条件

 非晶質合金の構成元素の組合せには、金属−非金属系、金属−金属系があり、構成元素の組合せならびにその組成比率が一定範囲にあると非晶質構造となります。しかし、その形成理論は明らかになっておらず、その形成条件については次のように言われているにすぎません1-4)

@図9のような共晶型合金における共晶組成付近

 特に、主固溶相あるいは中間固溶相(化合物相)の最大固溶範囲が小さい系

A原子半径が著しく異なる元素の組み合わせ

 金属−金属系では、その原子比が約0.8以下

B合金の原子間で適当な結合力が存在すること

合金あるいはその化合物のエンタルピー変化ΔHが大きく、安定な化合物(その多くは金属間化合物)を形成すること

 めっき法は電極反応であるため非晶質合金を形成する合金系としては、電極反応特有の因子がさらに加わります。

C誘起共析型であること

 誘起共析型の合金めっきは電極表面の触媒性が重要であり、触媒作用がないものは@〜Bの条件を満足しても非晶質めっきは得にくくなります。

 

5.非晶質めっきの物性と応用

 液体急冷法による非晶質合金の特性としては、高密度記録が可能な磁性を有する(応用例:垂直磁化膜)、磁気歪を変化できる(磁気ヘッド)、電気抵抗が高い(抵抗体)、強度と粘りをもつ(高強度材料)、高い耐食性を有する(フィルタ)、触媒作用を持つ(電極)などがあげられます1-3)

 非晶質めっきにも上記と同様の特性が期待されていますが、その構造を積極的に応用している例はあまりません。この理由は、2.1に述べた欠点が関係するのでしょう。現在ではめっきの管理技術の進歩、機能性の要求などにより、新機能性表面材料として非晶質めっきの応用が期待されています。表3に、非晶質めっきとその応用例を示しました。

5.1 耐食性皮膜としての応用

 金属の腐食の多くは、構造に不均一な部分が原因となって発生する場合が多く見られます。非晶質金属は、従来の結晶性金属が抱えている構造上の欠陥(結晶粒界、転位など)、組成の不均一さ(析出物、偏析など)がないため、非晶質は構造的には最も乱れた構造でありながら、化学的には最も均一であると言われています。

 電析による非晶質Ni−P合金めっきは優れた耐食性を有しています。Ni−P合金めっきのリン含有量は、浴中の亜リン酸濃度増加および電流密度低下によって増加し、リン含有量が11wt%以上になると皮膜は非晶質構造となります。図10には、リン含有量が異なった電析Ni−P合金めっきのコロードコート溶液中でのアノード分極曲線を示しました19)。図中のAはめっきしたままであり、Cはめっき皮膜を真空中で 500℃で加熱し結晶化したものです。めっき皮膜の自然電位はリン含有量が増加すると、アノード側にシフトし、その溶解電流は小さくなっています。熱処理によって結晶化した皮膜は、非晶質のものより腐食電位はとなりその溶解電流も大きくなっています。このことより、組成が同じ場合には非晶質構造のめっきのほうが耐食性が良好と考えられます。

 非晶質めっきであるCr−W,Cr−Mo,Cr−Fe,Cr−C、Fe−W、Co−W系などにおいては、硫酸、硝酸、塩酸に対して極めて高い耐食性を示すことが報告されています12)

 非晶質めっきが耐食性に優れる原因は、非晶質めっき表面が活性で腐食雰囲気下においてすみやかに不動態皮膜を形成することと関係します。実際にこれらの合金の腐食電位は、不動態化皮膜形成の電位範囲にあり、自己不動態化しているでしょう。また、合金成分としてリンやクロムが含まれる場合には、主金属が溶解するにつれて表面ではリン酸やクロム酸化物を含む皮膜を形成し、その耐食性はさらに増加すると考えられます。さらに非晶質構造は腐食の局部電池作用を小さくする効果もあると言われ、今後非晶質めっきの耐食的用途は増加するものと考えられます。

5.2 電極としての応用

 食塩電解のカソードとしては、従来安価で比較的水素過電圧の低い軟鉄板が使用されています。現在、軟鉄板の水素過電圧(0.3〜0.4V)を低減するために、軟鉄板の表面処理や触媒活性の大きい電極の開発などが行われています。このなかで硫黄含有合金は、その過電圧が小さいことから注目されているものの、長期間の電解で電極触媒能が劣化すると言われます。非晶質Ni−S合金めっきは、水素過電圧が小さく、さらに電極の劣化が小さいとして食塩電解用のカソードとして応用が検討されています13)図11は、電流密度による各種電極の水素過電圧であるが、従来使用されてきた軟鉄や白金に比較して非晶質Ni−S合金めっきの水素過電圧は200〜300mV低く、優れた電極特性が認められます。

5.3 耐摩耗性皮膜としての応用

 めっき皮膜の重要な機能として耐摩耗性があり、その代表的なものはクロムめっきです。近年、産業の急速な発展にともない使用環境は変化し、より耐摩耗性に優れた皮膜が要求されるようになってきました。

 非晶質合金は機械的に高い強度を有することが知られています。一般にめっき皮膜の硬さは溶融法によるものにくらべて高く、めっきの構造が非晶質となってもその硬さは大きくは変わりません。

 図12には、いくつかのめっき皮膜の加熱に伴う硬さ変化を示しました。非晶質めっきの多くは加熱されると、3.3で述べたように非晶質→準安定状態→安定状態と変化します。その変化過程では、金属あるいは化合物の結晶が析出が起こり、いわゆる析出硬化によって、皮膜の硬さは著しく増加します。

 非晶質Cr−C合金めっきは、その硬さが高く、熱処理を施すことによってHv1800程度になるため、一般のクロムめっきにたいして超硬質クロムめっきと呼ばれています。このめっき皮膜は、数wt%の炭素がクロムめっき時に誘起共析しています。水溶液からの炭素共析のメカニズムは、明確ではありませんが、電解時にめっき溶液中のカルボン酸の還元によって電極表面上で原子状炭素形成が起こり、これがクロム原子と結合して皮膜に共析されるためと考えられる。めっき皮膜中への炭素の共析は、めっき皮膜の硬さの増加をもたらすほか潤滑性が期待できます。図13に、テーバー摩耗試験の結果を示したが、クロムめっきの代替として期待されている非晶質Ni−P合金めっきに比べて耐摩耗性は優れた結果をしめしています21)

 図14には、耐摩耗性を目的とする非晶質めっきの実施例を示しました。加熱によって硬化現象を示す非晶質めっきの多くは、ロール、モールド、シリンダー、金型など耐摩耗性が要求される部品、製品への工業めっきとして応用が期待できます。

 

6.おわりに

 材料の進歩とその使用環境の多様化にともない、表面処理の役割はますます重要になってきています。このため目的に応じた適切な表面処理技術の選択はもとより新しい表面処理方法の開発にチャレンジすることが必要です。ここで紹介した非晶質めっきの開発、応用の研究は始まったばかりであり、今後ますますの展開が期待されます。

参考文献
1)日本金属学会会報“特集 非晶質金属の特性”,15,No.3(1976)
2)増本健“アモルファス金属の基礎”(昭和57年,オーム社)
3)堂山昌男,山本良一“アモルファス材料”(1985,東京大学出版)
4)水谷宇一郎,星野善樹,山田裕“アモルファス合金作成の手引−液体急冷法−”,(1986,アグネ技術センター)
5)榎本英彦,小見崇“合金めっき”(昭和62年,日刊工業)
6)金属表面技術“特集 非晶質めっき”,32,No.12(1981)
7)表面技術“特集 非晶質めっきの作製法とその応用”,40,No.3(1989)
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14)A.Brenner"Electrodeposition of Alloys,U"(1963,Academic Press)
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18)森河務,横井昌幸,江口晴一郎,福本幸男,表面技術,42,100(1991)
19)増井寛二, 金属表面技術,32,626(1981)
20)小見崇,西土和宏,松本英樹,山本久,表面技術,40,1287(1989)
21)森河務,金属,vol6,15(1990)


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last updated 6 May. 1998

Tsutomu Morikawa

Technology Research Institute of Osaka Prefecture