TRI OSAKA 機械金属部

金属材料の腐食とその防止

Introduction to corrosion and corrosion control

 

佐藤 幸弘

Yukihiro Sato

1. 腐食防食の重要性

 橋梁、ビル、ガスや水道配管、機器・装置、など多くの分野で金属材料が用いられている.しかしながら、このような金属は、一般に酸化物や硫化物などの鉱石を精錬(還元)して作られたものであるので、熱力学的には不安定な状態であり、腐食(酸化)によって元の安定な状態に戻る.また、これらは、多量のエネルギーと資源を消費して作られており、このような金属材料の腐食現象と防食方法を正しく理解することは、単に経済的な損失を防ぐだけでなく、資源と環境の保護にも必要なことである.表1に腐食によって生じる損失、表2に腐食の軽減対策を示す.これらの表から、腐食による損失の軽減の第一歩が腐食・防食知識の普及であることに注目したい.本稿では、腐食の発生とその防止方法の概略を説明する.

 

2.金属の腐食

2.1 湿食と乾食

 金属が使用環境において、化学的あるいは電気化学的な反応によって侵食される現象が腐食である.このとき、水分が関与する場合を湿食といい、水分が伴わない場合は乾食という、腐食はこの二つに大別される.湿食は水中、地中、あるいは大気中など比較的低温でみられ腐食の大部分をしめる.一方、乾食は高温の空気あるいはガスによる酸化反応で、高温酸化とも呼ばれている.表3はこれらの腐食の分類表である.

2.2 腐食の電気化学的機構

 水中における金属の腐食は、電気化学的反応に基づいて進行する.この反応は酸化反応(アノード反応)と、同時に還元反応(カソード反応)を伴う.腐食が進行すると金属は、金属イオンとなって溶液中に移行し、水素イオンは、水素ガスあるいは溶存酸素によって水になる.これらを反応式であらわすと次のようになる.

アノード:M → M + ne

カソード:2H + 2e → H(酸性溶液、水素発生)

+ 4H + 4e → 2HO(酸性溶液、酸素還元)

+ 2HO + 4e → 4OH(中性またはアルカリ性、酸素還元)

 このように、金属が腐食する場合には、アノードとカソード反応が金属表面で等しい速度で同時に起こる.これらの反応は極く近い箇所で場合もあるが、別の場所で起こる場合の方が多い.いま、中性溶液中で鉄が腐食する場合の反応式は

アノード: 2Fe→2Fe2++4e

カソード: O + 2HO + 4e → 4OH

全反応:2Fe + O + 2HO → 2Fe(OH)

となり、この化合物に酸素および水の供給をうけて、

2Fe(OH) +HO +1/2O→ 2Fe(OH)

赤さびとなる.さらに、この化合物は、水和酸化鉄(FeOOH)またはFe・nHOに変化する.このとき、酸素が不足するとFe・nHO(黒さび)となる.実際の鉄のさびは、表面が赤さび、その下地が黒さびの2層構造となっていることが多い.

2.3 腐食電池の形成

 金属が腐食するための腐食電池あるいは局部電地として、次の3種類の電池がある. 腐食の多くはこれらの腐食電池の組み合わせで起こる.

(1)異種電極電池

 異種金属との接触、あるいは同一種類であっても組成比、組織および結晶方位が異なる金属表面において形成される腐食電池である(図1).

(2)濃淡電池

腐食電池の中で最も多くみられる腐食電池で、同一の金属が濃度の異なる同種の電解質溶液に別々に浸漬されたときに形成される電池であるが、これには次の二種類がある.

 a)塩濃淡電池:塩濃淡電池は図2のように、一対の銅電極の一方を濃厚溶液中に、他方を希薄溶液に浸漬し、短絡すると希薄な溶液中では銅が溶出(アノード)し、濃厚溶液中では溶液から銅電極表面に銅が析出する(カソード).このように、溶液に濃度差があると、希薄溶液に接した箇所で腐食が起こる.

 b)通気差電池:図3に通気差電池の形成の様子を示す.図のように同一濃度の溶液であっても溶存酸素量に差があると空気が飽和した方の極がカソード、空気を含まない極がアノードとなって電流が溶液中に流出(腐食)する.このような通気差電池による腐食事例は多い.その例を図4および図5に示す.図4のようにさびが生成すると、さびの真下は周辺部より酸素不足となり、この部分がアノードとなり腐食される.また、図5では、水面付近は大気からの酸素の供給が多くカソード部となるが、その下では酸素が少なくアノード部となって腐食する.

 また、金属の合わせ目、ボルトの下、ガスケット面および他の物質の付着面などでみられる隙間腐食(crevice corrosion)は、このような濃淡電池の形成による.この場合は、酸素の少ない内部がアノードとなって腐食されるが、進行すると金属イオンや水素イオンが蓄積し、塩濃度の増加とpHの低下により腐食は一層加速される.

(3)温度差電池

 温度差電池とは、温度変化によって生じる電位差よる電池で、図6のように、暖部がアノード、冷部がカソードとなる.ボイラー、熱交換器、投込みヒーターなどで発生することがある.

2.4金属の電位

 金属の腐食傾向は、腐食電池の起電力E(V)の大きさによって表すことができ、Eの値が大きいことは、反応が進行する傾向が大きいことを示している.これには、反応に伴う自由エネルギーの変化(ΔG)をみればよく、起電力とは次のような関係式が成り立っている.

ΔG=−nEF

ここで

n=反応に関与する電子の数、

F=Faraday定数(96,500クーロン/グラム当量)である.

 しかしながら、この式は、どのような反応が起こるかを決めることはできるが、進行速度は決められない.このような起電力は、直接測定することはできないが、ある標準の電極と組合わせて、これに対する相対値として表わすことができる.その基準として、1気圧の水素で飽和した白金黒(Pt板にPtめっきを施したもの、表面の非常に細かい凹凸のため黒く見える)でつくられた水素電極が用いられている.この標準水素電極基準による各金属の標準電極電位(E)を大きさの順にならべたものを電気化学列といい、それを表4に示す.この表で負の大きな値を卑あるいは電位が低い(あるいはイオン化傾向が大きい)、正の大きな値を貴あるいは電位が高い(イオン化傾向が小さい)と表現されることが多い.表3に示された電位列により、金属の基本的な腐食傾向がわかる.しかしながら、実際の電位は、環境と金属の表面状態で異なる.一例として、表5に海水中における各種金属の自然電位列を示す.

2.5 異種金属の接触と腐食

 電極電位が異なる金属が接触し、それに電解質溶液が存在すると卑な金属が腐食される.これは、異種金属接触腐食あるいはガルバニック腐食(galvanic corrosion)と呼ばれている.この腐食程度は、接触する金属の電位差が大きい程、さらに卑な金属に対する貴な金属の表面積が相対的に大きい程、影響は大である.その関係を式で表すと次のようになる.

P=P(1+B/A)

P :貴な金属に接触後の卑な金属の腐食速度

:卑な金属の単独での腐食速度

B :貴な金属の表面積 

A :卑な金属の表面積

2.6 脱成分腐食

 腐食により合金成分の特定元素が選択的に溶出する現象を脱成分腐食、または選択腐食と呼ばれている.このような腐食をうけた金属は、寸法変化は少ないものの表面に変色がみられ、強度や延性の低下が著しい.水道用金具としてよく使われている銅亜鉛合金の真ちゅうで起こる腐食は、合金組成の亜鉛が溶出したもので、脱亜鉛腐食と呼ばれている.そのほか、Au−AgおよびAu−Cuのような貴金属合金にも、分金といわれる脱成分腐食がみられ、Auより卑な金属が溶出する.

 

3.機械的促進を伴う腐食

3.1応力腐食割れ・腐食疲労と水素脆性

(1)応力腐食割れ

 引張り応力や残留応力が存在する金属材料が、その応力がたとえ材料の引張り強さ以下であっても腐食を伴って破壊されることがある.これは応力腐食割れと呼ばれ、次のような特徴がある.

a)割れ発生の環境と金属材料に特有な組合わせがある.

b)主として合金だけに起こり、純金属は感受性がきわめて低い.

c)熱処理による組織変化も感受性に影響を及ぼす.

d)カソード防食によって防止できる.

 応力腐食割れは、電気化学的腐食と応力による機械的な破壊が、交互に加って進行する.また、割れの形態は、環境の組合せで異なるが、結晶粒界や結晶粒内、さらに分岐や貫通などで、最終的には機械的な破壊に至る.これらは、金属顕微鏡や走査型電子顕微鏡によって観察できる.表6に種々の金属材料の応力腐食割れと環境の組み合わせを示す.また、図7は、最も身近に見られるステンレス鋼割れと水中の塩素イオン濃度と温度との腐食事例である.なお、図中の実線は、安全使用領域のおおよその目安であるが、パイプや熱交換器のように、局所的な塩化物の濃縮が起こりやすい箇所ではバラツキが大となる.

(2)腐食疲労

 腐食疲労は、金属材料が腐食性の環境下で、引張り応力を繰返し、または交番応力を頻繁に受けた場合に生じる割れである.これは、応力腐食割れの一種と考えられており、割れの先端では常に腐食がみられる.腐食疲労をおこす環境の種類は多く、応力腐食割れのように、ある環境との組み合わせのときにだけ割れが発生するといった特異性は認められない.一般に金属材料は、乾燥空気中で繰返し応力を受けるとき、繰り返し回数が増えても割れに至らない応力の上限(疲労強度)が存在する.しかしながら、腐食環境中ではこのような疲労限は存在しない.腐食疲労に対する抵抗性は、それらの金属の機械的強さよりむしろ腐食に対する抵抗性に比例する.たとえば、ステンレスやニッケル合金は炭素鋼より腐食疲労に強い.

(3)水素脆性

 酸洗やめっき工程を経た部品の折損、あるいは使用中の高張力鋼ボルトが僅かな腐食を伴って破損することがある.このような現象は、水素脆性あるいは遅れ破壊とよばれ、硬さの高い鋼、油井鋼管のように弱酸性の硫化物を含む雰囲気などでも見られる.これらは、工程中に金属材料に侵入した水素、あるいは腐食でカソード領域で発生した水素が原因となっていることが多い.割れは主として結晶粒内でおこっている.その他、マルテンサイト系ステンレス鋼や水素を吸蔵しやすい純チタンおよびその合金などにもみられる.応力腐食割れではその抑制は、カソード分極でも可能であるが、水素脆性はカソード分極でより一層促進される.表面処理の工程で、このような水素脆性を避けるには、錆の除去に酸を用いずブラストで行う、酸洗やめっきによって吸蔵した水素を加熱により除去する、あるいは材料の硬さを可能な限り下げるなどが有効である.

3.2 腐食摩耗

 腐食摩耗は、エロージョン・コロージョンともいわれ、流動する液体中で発生する腐食損傷で、このような腐食は熱交換器の復水管などでみられ、流動液体により金属表面の保護皮膜が物理的に取除かれて進行する.また、キャビテーション・エロージョンとよばれている腐食は、ポンプローターやプロペラの背面、比較的流れの速い配管内など流速が急激に変化する箇所で発生する.これらは、急激な圧力低下により流体中に溶存するガスが気胞(キャビテイ)となって発生し、これが崩壊するときに生じる高圧が金属表面の保護皮膜を破壊する.このような腐食を回避するには、液体の流速を下げる、乱流を起こさない配管設計、流体圧差を最小限度、硬さおよび靭性の高い材料の使用、カソード防食などが有効である.

3.3 擦過腐食

 擦過腐食は、一方または両方が金属の接触面部で、ごくわずかな相対的運動で生じるすべり(例えば振幅の小さい振動)が存在する箇所でみられ、腐食生成物の大部分が金属酸化物であるのも特徴である.この腐食は、生じた酸化物および金属摩耗粉により促進される.また、乾いた空気中よりも湿った空気中の方が軽く、不活性ガスではさらに少ない.しかしながら、乾燥した空気中では、高温より室温の方が損傷は大きいこと、繰返し速度が大きくなると表面温度が高くなるにもかかわらず損傷が小さくなること、鉄の酸化物はαFeが主であり高温酸化物のFeがほとんど認められないことから、擦過腐食は単なる高温酸化現象でないといわれている.軸受、振動機械、電気リレーの接点、希れなケースとして輸送中の積み重ね金属板などでもみられる.防止対策として次のようなものが考えられる.

1)振動が伝達されるような設計を避ける.

2)軟らかい金属と硬い金属を組み合わせる.

3)テフロンのように摩擦係数の低いものを用いる.

4)潤滑剤を使用する.

 

4.防食方法

 多種多様な環境から金属材料の腐食を防止する防食方法は、図8の概略のように、環境処理、環境遮断、材料の選択、電気防食の四つに大別できる.これらの中から、耐食性、コストなどを考慮して使用条件に適合した防食方法を選択する.以下それらの防止方法の詳細を説明する.

4.1環境処理

 環境処理の例として、電気製品や金属製品の輸送あるいは保管中の変色・腐食対策には、防湿包装材料を用いて、腐食要因の酸素と水分の透過量をコントロールする.また、ボイラー、プラントや自動車のラジエーターの冷却水には、水質管理の徹底、脱酸素あるいは腐食抑制剤(インヒビター)の添加による腐食の軽減が行われている.

4.2環境遮断

 環境遮断には、各種金属のめっきや金属溶射のような金属被覆、あるいは塗装、アルミニウムの陽極酸化(アルマイト)、りん酸塩処理、ほうろう質又はガラス質による非金属被覆がある.最近では、これらの複合処理が併用されることが多い.また、表面処理鋼板は、工場で金属被覆と有機被覆を連続的に施したものである.この鋼板は、そのままプレスができるので、加工後のめっきや塗装工程が不用となり、製品のコストダウンと廃液処理などの公害の低減につながっている.

1) 金属被覆

金属被覆には1)電気めっき、2)溶融めっき、3)溶射などがある.電気めっきや溶融めっきは処理槽を使用する関係上処理物の大きさに限界がある.それに対して溶射は、橋梁などのように、屋外の広い面積を被覆するのに都合がよい.最近では真空技術を応用した蒸着めっきもある.これらのめっきに使われる金属材料として、亜鉛、アルミニウム、ニッケル、クロム、などがある.溶射では、これらのほか、ステンレスのような合金、タングステンなどの高融点・高硬度の金属材料の被覆も可能である.

2) 非金属被覆

非金属被覆には、1)塗料、2)化成処理、3)防錆油、4)ほうろうなど無機質の被覆、5)ライニングなどがある.この中で塗料は、経済的に最も大切な非金属被覆処理方法であり、防食方法の大部分を占めている.塗料の耐食性は、樹脂成分およびその塗装方法に左右される.塗装製品のトラブルは、主に脱脂・洗浄、クロメート処理、りん酸塩処理などが塗装の良否に起因するといって過言でない.

4.3 耐食材料

 金属材料の耐食性は、使用環境によって変わるので、材料選定については、種々の金属の耐食性を表示した実用事例集などを参考にして行われている.材料の決定には、耐食性のほか、加工性、強度、入手の容易さ、および価格なども考慮される.

4.4 電気防食

 電気防食の原理は、図9の電位−pH図で説明される.自然腐食状態にある金属の電位をC方向に下降させて不感域に移行させるのが陰極防食であり、A方向に上昇させて不動態域に移行させるのが陽極防食である.また、P方向のようにpHによっても不動態域に移行できる.電気防食は水中や土中の装置や施設に広く採用されている.装置や施設の防食状態は、電位を測定することで容易にでき、その信頼性も高い.さらに、腐食抑制剤の添加など、他の防食方法を併用すると、防食効果は一層向上する.このように、電気防食では、金属の電位を電流により変化させて金属の腐食を防止する.この方法は、防食電流の供給の仕方で、流電陽極法と外部電源法に区分される.その防食模型を図10に示す.流電陽極法では、マグネシウム、亜鉛、アルミニウムなどの低電位金属を陽極とし、両者の電位差を利用して防食電流を発生させる.外部電源法では、不溶性電極(例えばPtめっきしたTi、炭素電極など)を陽極として、適当な低圧直流電源を用いて防食対象物を保護する.電気防食の詳細については、専門書が発行されており、これらの本を参考されることをお奨めします.

4.5 デザインによる腐食の軽減

 表面処理や電気防食に頼らず腐食を軽減するには、材料の組立方法あるいは施工法の変更も有効である.それらの例を図11図12図13図14に示す.

 

5.おわりに

 最近、プラントの冷却や表面処理に使用される水質の悪化が懸念されている.これらは、配管材料や製品の品質にも影響を及ぼすおそれがある.さらに、大気環境は、酸性物質と紫外線の増加傾向にあり、このような環境下で金属材料や有機材料が使用されると、劣化が促進され材料寿命は短くなる恐れがある.また、一方では材料の長寿命化への要望、さらに使用環境の過酷化により、高耐食性材料や処理法の開発が望まれている.このような要望に対応するため、腐食現象を正しく理解し、経済的にも有効な手法の選択が必要である.

 

参考文献

1)H.H.ユーリック著、松島 巌訳:腐食反応とその制御、産業図書(1989年第3版)

2)腐食防食協会編:防食技術便覧、日刊工業新聞社(昭和61年)

3)日本規格協会:防錆防食技術マニュアル、(財)日本規格協会(1984年)

4)電気学会・電食防止研究委員会編:最新電食土壌ハンドブック、コロナ社(昭和57年)

5)幡野佐一:化学装置材料耐食性表、(株)化学工業社(昭和61年10月)

6)長坂秀雄、緑川真知子訳:防食材料選定便覧、新技術開発センター(1979年)

7)V.R.プルーデック著、(社)日本防錆技術協会訳:最新防食設計とエンジニアリング、ジャテック出版(昭和55年)

8)日本機械学会編:腐食と破壊、日本工業出版(昭和60年)

大阪府立産業技術総合研究所研究報告,No.10,p.36(1997.7)より 


last updated 23th Apr. 1998

Tsutomu Morikawa

Technology Research Institute of Osaka Prefecture